2005年07月20日

親に愛情たっぷりに育てられた人 その2

172 :名無しの心子知らず :04/04/13 22:31 ID:qjk4eOcy
うちは小1の時に母親の連れ子で再婚。
うちのパパはほんとに尊敬できる人。私の下にはパパ違いの妹が2人。
だけど何の差別もなく育てられたよ。
たまに呑みに行けば、ママから始まり、あたし⇒・妹⇒・妹の順番に家族自慢が始まるらしい。
あたしは別に頭が良いわけでもなく特別ずば抜けてるところもないんだけど自慢してるらしい。
そういうのを聞くとうれしい。
今パパ違いの子どもが虐待とかうけてる中、あたしは当たり前の様に愛情をうけてて
あたりまえの事じゃない事なのかな〜?と考える。


173 :名無しの心子知らず :04/05/04 10:01 ID:9hUScOaB
私は家族のみんなから愛情過多ってくらいに愛されてると思う。
過干渉でも放任主義でもなく、何をする時も
「親が一番の味方なんだからね」と見守ってくれてた。
うちはかなり裕福だと思うけど、欲しい物を我慢する事も
きちんと覚えさせてくれた。おかげで、大学生になるまでは
自分の家が裕福って事に気付かなかった位。
「甘やかす事は簡単なんだよ。あなたに厳しくする事の方が
お母さんはつらいんだよ」
「憎くて叱ってるんじゃないの。可愛くて仕方ないから叱るの」
少し大人になって、ようやく親の真意がわかるようになったよ。
正直、心底自慢の両親かも。


179 :名無しの心子知らず :04/05/06 18:40 ID:OM2lE9ZP
私も親にはすごく愛されて育ったなと今になって思います。
中学や高校の時は、少なからず反抗して、親なんて・・・と思ったとときもあったけれど、
今は本当に感謝しているし、私も両親のような親になりたいなと思える。
今でも一番の味方は家族だと思っています。

うちは、何でも自由にやらせてくれ、特に厳しく育てられたことはありませんが、
私が道を間違えたとき、人として悪いことをしたときは、
すごい勢いでしかられました。
その代わり、何か良いことをしたときに、とても褒めてもらった覚えがあります。

特にお金持ちではありませんが、私が欲しいものが買えるように、やりたいことをできるように
私のために節約したり、貯金したり、一生懸命育ててくれたと思います。
実際、やりたいことを不自由なくさせてもらって、感謝の一言に尽きる。

これからは、親孝行、たくさんしてあげたい。


190 :名無しの心子知らず :04/06/16 19:27 ID:l/JfQaH2
すいません、長文になります。

私は、両親が自営業で、帰れば必ずいる環境で育った。
両親は、勉強はできなくていいという主義だった。
その代わりに、とても行儀にうるさかった。
挨拶、食事のマナー、礼儀作法、時間や期限についてなど。
どれかを怠れば、すごく怒られた。私が理解するまで、きっちりと説教をした。
しかし三秒後にはもう普通の顔で話しかけてくる、そんなさっぱりした両親だった。
とても忙しい家だったので、仕事中の昼間に構ってもらった記憶はあまりない。
けれど、どれだけ疲れていても、決して疲れたことを理由に子供をないがしろには
しなかった。夜8時には必ず「今日の報告会」をし合い、私と弟が寝付くまで添い寝を
してくれた。


191 :続き :04/06/16 19:28 ID:l/JfQaH2
私が結婚することになった。
夫は幼い頃の家庭環境が、とても寂しい人だった。共働きの両親に顧みてもらえず、
学生時代には少々素行のよろしくない人だった。
結婚前にも色々向こう側の家でもめていた。
上手くいくのだろうか、不安に思っていると、母が静かにこう言った。
「旦那さんが帰ってくる時間には家にいなさい。お帰りなさい、と笑顔で言って、
温かいご飯を、必ず一緒に食べなさい。それだけで、上手くいくから」

母の言うことに、間違いはなかった。

9月に、子供が産まれる。
子供が産まれたら、ずっと一緒にいてあげようと思う。
今日の報告会をして、添い寝をしてあげようと思う。
私に両親ほどの大きな愛があれば、叶わないことではないと思う。
そして、その時に、また改めて両親の偉大さが分かると思う。


213 :名無しの心子知らず :04/07/02 17:01 ID:wZIDoSKo
母は私が3歳の頃に離婚して、その後再婚する事もなく女手1つで育ててくれた。
ボロアパート住まいの貧乏生活だったけど、習い事や塾に行きたいと言えば
仕事を1つ増やして深夜まで働いて行かせてくれた。

とにかくずっと働いていて、疲れきっていただろう。
それでも母の口から生活に対しての愚痴を聞いた事がない。
それに、運動会や参観日なんかは必ず来てくれて、特に目立つ事もない私を
ニコニコ笑って褒めてくれたし、偶の休みには私の好物を作って一緒に食事をした。

中学生の頃には、同級生の姉から「うちのポストに噛んでたガム入れたでしょ。
見てたって証人いるんだよ」と濡れ衣を着せられたけど、私が絶対に違うと否定すると
相手の家に行ってキッパリと「うちの娘はそんな真似はしない」と庇ってくれた。

母はどちらかというと放任主義のようで、口やかましく説教するような事も
なかったけど、大切な事は行動で示してくれたと思うし、何よりも生きていく力を
身に付けさせてくれたと思う。

そんな母を誰より尊敬してるし、感謝してる。

一人の食事が寂しいとか、家族旅行をする友人が羨ましいとか思う事もあったけど
今では本当に母の子で良かったと思ってる。

もしも生まれ変わりなんてものがあるなら、何度でも母の娘になりたい。
母に愛されてる、信頼されていると思える自分は最高に幸せな子供だったと思う。
だから今度は、妊娠中の自分の子供を最高に幸せにしてあげたい。


234 :名無しの心子知らず :04/08/20 02:14 ID:f0WuOvY7
記憶には無いのだが
僕は逆子の出産ミスで右足の間接が外れた状態で生まれた。
前の子が死産で大変ショックだった両親はこの子は絶対幸せにすると誓い
その地方で最高の医師に手術を受けさせ足を直させた。
しかし若かった二人には手術の費用を支払うだけで精一杯だった。
父はより危険な仕事に出ていき盆と正月にしか帰って来なくなった。
母は小さな畑を守りながらギブスをした幼児の僕の面倒をみた。
タクシーで通院するお金もないので
母は週に何回も片道20キロの道程を僕を乳母車に乗せて往復した。
その甲斐もあって僕の足は多少引きずる癖があるぐらいで普通に歩けるようになった。
この話はたまたま遊びに来た親戚から聞いたものだっだ。
両親はそんな苦労話を自らすることも無く僕を育ててきた。
親として当たり前のことをしたまでといえばそれまでだが
今でも僕のこの右足は両親のたっぷりの愛情を受けた証しになっている。


236 :名無しの心子知らず :04/08/22 21:18 ID:cAejZ2qq
ここ、いいですね。初めて見ました。
3歳までのスキンシップの大切さは、ある後輩の子を見ていて感じています。

小学校5年生だった彼女が、突然家庭内暴力に走りました。

実は本人は知らないのですが、両親は子供が出来なくて、施設から彼女を引き取った
血のつながりの無い親子だったんです。

でもとても穏やかな両親で、優しく、そして厳しく彼女を極々普通に哀情たっぷりに
育ててきました。 そして、彼女の変化に悩み、心療内科へ行き、とにかくスキンシップか
らはじめたなさいと言われ、実践したところ、何と赤ちゃん返りがはじまりました。

お客さんがいようが、誰がいようがお母さんのおっぱいを飲む真似をしたり
「抱っこ〜♪」とまるで2歳児のような甘えた状況が約2年続き、 その両親はそれを
拒否する事無く受け入れました。

そして中学校へあがったけど不登校。
でも、両親の努力が実を結び、最終的には特殊な学校(不登校児などが集まるところ)へ
自分から行く!と言って通いはじめ、高校に進学しました。

今ではあの頃のことがウソのように、いいお嬢さんに育っています。

医師からは、生後のスキンシップ不足(生まれてからもらわれるまで)のため、
赤ちゃん返りをきちんとさせてあげる事が大事だと言われたそうです。

この事例をずっと見守ってきて、本当に3歳までのスキンシップがいかに大事かを
知りました。だから、それまではとベタベタママッ子に育った4歳の我が子。最近は
急速に親離れをはじめたので、逆に驚いています。きっと彼の中でママは僕を愛して
くれてる!という確信が育ったのでは?と親ばかですが、思っています。

私も色々あったけど、28歳を過ぎた頃から、両親のありがたみをヒシヒシを感じて
います。どんなことがあっても、親は子供を信じているし、いくつになっても愛して
くれているもんですよね。それを子供が感じる事が出来るかどうかだと思う。

一番は、自分も子供を産んでみる(育ててみる)事でしょうね。
親がいかに大変な中、子育てしてくれたかがわかるから。。。


257 :名無しの心子知らず :04/08/30 12:44 ID:E7ovJe7Q
愛情深かった父親には、心から感謝している。
過保護なのか、愛情深いのか、どちらか微妙なところだけど。

叩かないのはもちろん、大声で怒鳴るようなことも一度もなかった。
「言うこと聞かないと、叩くよ」というような脅しもなかった。

父親の口癖は、「目の中にいれても痛くない」だった。
本当に、目の中に入れてしまいそうな勢いだった。

258 :つづき :04/08/30 12:45 ID:E7ovJe7Q
肉体労働者だった父親は、
きっと、毎日仕事で疲れきっていただろうに、
夕方に帰宅すると必ずその足で、
キャッチボールや、バトミントン、散歩に連れて行ってくれた。
暗くなってきてもやめようとしない私を叱るでもなく、
納得するまでつきあってくれる人だった。

259 :つづき :04/08/30 12:46 ID:E7ovJe7Q
テレビの時間は、いつも私をひざの上に抱いてくれた。
イヤだと言われたことなど、一度もない。
子供の番組を、一緒になって見てくれた父。
名作には涙し、お笑いには爆笑し、共に楽しんでくれた。

夕食の時間が、楽しくてしょうがなかった。
おしゃべりな父親は、とにかくよくしゃべった。
子供の頃の話、今日あったこと、テレビ番組について…。
いつも笑顔で、他愛もないことを、面白おかしく話してくれた。
毎日、笑い声が溢れていた。

260 :つづき :04/08/30 12:46 ID:E7ovJe7Q
私の成長を、誰よりも喜んでくれたのも父親だった。
初めてのアルバイトのとき、
こっそりと私の様子を見に来てくれた。
私に見られないように、父は隠れていたが、
真っ黒に日焼けした、体格の良い中年男が、
大きなハンカチで涙をぬぐっている異様な姿は、
隠しようもなかった。

261 :つづき :04/08/30 12:48 ID:E7ovJe7Q
自分が親になって、父親が本当に私を愛してくれてたことが、
わかったような気がする。
決して、私自身を否定するようなことは言わなかった父。
いつだって、最後まで私の見方になってくれた父。
子供が思い通りになる、ならないは、
父にとって問題ではなかったようだ。

父親は、身をもって教えてくれた。
怒らず、叱らずとも子育てはできる、
愛することは許すこと。

長文、失礼しました。
他の人の文章を読んで、わが身を振り返り、
父への思いに耽ってしまいました。


268 :名無しの心子知らず :04/09/07 14:08 ID:EHFQy2by
両親共に多忙だったので、物心ついてからは
自分でなんでもしなくては・・・と思い、そうやってきました。
物質面では恵まれていましたが、やはりそばにいて欲しい時
いてもらえず、親に反抗的になったこともあります。
進学、就職、結婚、出産もひとりで乗り越えてきたという自負もありました。
しかし、2年前第二子出産後子どもが心臓疾患を患っていることが判明、
私自身も胃腸科系に手術を要する病気があることがわかりパニックになって
しまいました。夫は多忙なのでお願いできず、ギリギリまで私ひとりでがんばって
いましたが、とうとう実家へ電話。
「母さん、私もうだめ。○ちゃん(第二子)の手術が迫っているのに、
 私の体もボロボロで○ちゃんの手術まで耐えられるかな・・・」と号泣して
しまいました。
 母が驚いてやって来て、二人の子の世話、第二子の入院のつきそい、
そうじ、せんたく、食事の支度等など病気が落ち着くまですべてやって
くれました。
 母が帰る時「あなたがちっちゃい時、仕事に夢中でごめんね。つみほろぼし
じゃないけど、今回あなたが初めて私たちをすがってきてくれた、だからあなたの
役に立ちたくて無我夢中の半年間だった。ちっともたいへんと思わなかった」
と一言。
 小さい頃「愛されていないんだな」と思ったこともあったけど、今回のことで
愛されていることを実感。父さん母さんありがと。


271 :名無しの心子知らず :04/09/10 16:26:04 ID:9jnPDD6v
うちも共働きで、
やっぱり家に帰って誰もいなかったり授業参観に来てもらえなかったり
平日家族揃って食事できなかったりするのを寂しいと思ったときはあった。
家も汚いし外食や出来合いの食事も多かったしねw

でもそんな表面的なことを吹き飛ばすくらい自分は
愛情たっぷりに育ててもらったと思う。

家族みんないつも笑ってた。

うちが世界で一番面白くて幸せな家だなー!と思ってた。

両親は口うるさかったけど、私のことを思って言ってくれてるんだろうなって
分かってたよ。まあ素直に従うのも癪だったからうるさいな!とか言ったけどw
きっとお見通しだったんだろうな。私はなんだかんだ言って両親のことが大好き
だったから。今もね。照れくさくていえないけど。

そんなガミガミ言わなくたってあんたたちに顔向けできないような
真似だけは絶対にしないよ。

ちょっと寂しい思いをしたって、怒られたって愛情ってちゃんと伝わるよ。
ドラマみたいな「いいおうち」像がイコール「愛情たっぷり」ってわけじゃないと思う。
それぞれの幸せなおうちを築いてください。
すごく自慢くさくなってしまってスマソ


293 :名無しの心子知らず :04/12/06 12:41:29 ID:LVFsD0xK
おれ1才のとき父親が死んでそれから、それからおふくろが女手ひとつでおれと
姉を育ててくれた。平日はおふくろは仕事と家事と育児でヘロヘロだったので
なかなか遊んでくれないけど毎週日曜日の朝はおふくろと布団の上でプロレス
ごっこをして遊んでくれた。今思えばほんと貧乏だったけどおれが小さい頃の
おふくろはいつも笑っていた記憶しかない。小5のとき万引きで捕まっておふくろと
いっしょにうちに帰ったらいきなりおれのほっぺたを張った。いってえなぁと思って
おふくろのかおをみたら涙をボロボロながしておれの顔をみてた。それみたらほっぺたの
痛みなんか一発でわすれた。ほんとうに痛かったのはおふくろの心だったんだと子供心にも
理解できた。


311 :名無しの心子知らず :04/12/15 06:42:25 ID:4pug8Dwi
私の父は躾に厳しくて、女の子だろうが悪いことをしたらゲンコツ!って人だった。
だけど、私と妹が保育園に通ってる間、毎日夕食の時にはその日の出来事をゆっくり
聞いてくれて、保育園との連絡ノートを書いてくれてた。
私たちが小学生になって、字がかけるようになり連絡ノートがなくなると、今度は
それぞれにノートを買ってきて、交換日記をするようになった。
その頃の父は仕事で遅くなることが多くて、私たちが寝てから帰ってくる日もあったんだけど、
交換日記は毎日必ず返事を書いてくれてた。

自分の子供が保育園に通い始めて、旦那と自分がそれくらいだった頃の思い出話をしてて
旦那に指摘されて改めて自分は愛されてたんだなと実感した。子供の頃は当たり前のことだと
思ってたんだよね。ゲンコツの記憶の方が強かった。
実家の母にメールしたら、連絡ノートも交換日記もまだ残してあるらしい。
今度読んでみよう…


349 :名無しの心子知らず :05/02/26 13:35:59 ID:rmo1E96D
スレ違いでスマソだけど
漏れの家は両親共働きだったので金銭的には両親に、
躾やその他お世話の面では祖父母に育ててもらいました。
田舎なので畑に行ったり山へ筍や蕨などを摘んだりして
のんびりした性格になったのは祖父母の影響が大きいです。
たまに両親に甘えると「うるさい!!」とイライラされたので
本心をぶつけられるのは祖父母しかいませんでした。
うまく言葉に表現できない事でもじっくり聞いてくれたし
迷子になった時も真っ先に駆けつけてくれてぎゅっと抱きしめてくれた。
底なしの愛情ってああいう行動なのかなぁと思います。
(躾の面は昔の人なのでとても厳しかったです。)
祖母が3年前脳梗塞で倒れて身体が不自由になった頃、
たまたま彼氏⇒現夫を紹介した時、結婚すら考えていなかったのに
「○○は私が甘やかしたからあなたにもわがまま言っているかも
しれないけれど、すぐにでも嫁にやれるようにちゃんとしつけてあるから
これから長いけれどどうぞよろしくお願いします」
と漏れが席を外している時そう言って深くおじぎしたみたいです。
結婚が決まって一緒に生活をはじめた頃その事を夫から聞いて号泣しました。


538 :名無しの心子知らず :2005/05/09(月) 15:30:22 ID:RW3NfbRo
親に愛されて育ったと思う。
以前友人に「他人を嫉妬することってないの?」と聞かれて気付いたけど、
他人を羨ましいと思うことはあっても、妬むことはない。
心の一番根っこの部分が満たされているからなのかな。
そういえば両親・兄弟もあんまり他人を嫉妬するような人間じゃないなぁ。

539 :名無しの心子知らず :2005/05/10(火) 16:27:54 ID:l0D0/obC
>>538
私もそうです。
高校時代にクラスメートが「他人の幸せってむかつくよね、自分が一番じゃなきゃ嫌」
って言ってるのを聞いて、びっくりしたことを思い出しました。
いいな、とかは思うけど、妬むとか僻むというのは感じたことありません。

540 :名無しの心子知らず :2005/05/12(木) 23:50:52 ID:47Dku1Nr
妬まない人ほど、「すごい、いいな、うらやましい」って素直に言うよね。


posted by ひめたろう at 11:17 | TrackBack(2) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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Excerpt: 王子の病気がやっと治った♪ まだちょっと鼻水が出るけれどそれはご愛敬。 王子が元気なのが一番だ! ところが 熱が下がってから 王子が変わった。
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王子が変わった。
Excerpt: 王子の病気がやっと治った♪ まだちょっと鼻水が出るけれどそれはご愛敬。 王子が元気なのが一番だ! ところが 熱が下がってから 王子が変わった。
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