2005年07月19日

親に愛情たっぷりに育てられた人 その1

4 :名無しの心子知らず :03/07/05 19:59 ID:AtC/tRPh
めちゃめちゃ愛されて育ったけど、もともと貧乏なうえに父親が早くに
死んだのでその日の食事にも困ることもあって思い通りにはならんかったな。
まあ、「おかずを買うお金がないので、今日は山菜とり大会でーす!」と母と弟と
三人ではしゃぎながら山菜とりにいったりするのは楽しかったな。
弟は小学校五年生から新聞配達してたし、私はずっと家事をして外で働く母を
助けてた。高校からはバイトして学費は自分でかせいだので、しっかりした
お嬢さんってことで各方面で大人気(ワラ
子供二人とも社会人になってけっこう稼ぐ身分となり、母はすっかり左団扇って
いうの?苦労させたからね。
体験談ってこんなことではないのかな。スレ違いじみてるのでsage


7 :名無しの心子知らず :03/07/08 20:25 ID:qDggx0nU
愛情たっぷりに育てられたとおもう。
今でも親から愛されてると強く感じる。
両親は、泥棒や人を傷つける事などでしか怒らないのであまり怒られた記憶は無い。
聞いても「おまえは怒られる様なことしなかったよ」と言われれる。
自営だったのでお金もあった。
大学時代あたりまでは、甘えん坊でわがままというキャラで通ってきた。
いじめに遭った事もないし、自分も人を嫌いにならないタイプ。
手に入らないものなんてほとんど無かった気がする。
だけど、自分がいざ結婚・出産・育児してみると、お金なんて無くても
健康だったり愛情にあふれた家庭があればなんにもいらないって思う。
子供産んでから自分のものなんてほとんど買ってないよ。

今は「おまえたち(姉がいます)はほんとに優しい子に育って良かった」って言われる。
過保護に育てられた気もするが自分としては良かったかなと思う。
子供も同じように育てようと思う。

ただ難点がひとつ。とても打たれ弱い事。これは治したい。


14 :名無しの心子知らず :03/07/08 22:04 ID:MvxEOSeu
目に見える愛情(行動やお金とか)は覚えが無いけど、
父母に心配してもらってる・信用されてる・
父母は多分私が何をしても絶対に私を見放さないだろうという自信があった。
逆に言うと、何かを起こしてしまったら
否応無しに親を巻き込むことになるので、ウカツに非行に走れなかった(w
私は母のような母親になりたい。


33 :名無しの心子知らず :03/07/13 18:01 ID:KJLL1l+g
愛情たっぷりだったかも。

子供の頃を思い出すと

母親に寝かしつけをしてもらった場面
夜中に布団をかけ直してもらっている場面
夜中に目が覚めて泣きながら母親の布団に行ったら
母親が掛け布団を持ち上げて私を入れてくれた場面

高校生なのに両親の布団に自分からもぐりこんだりして
両親にじゃまもの扱いをされていただろう場面(日曜の朝とかw)

そんなほのぼの場面ばかりが目に浮かぶ
自分の子供にもどうしても同じようにしてしまう。そういうものなのかも。


39 :名無しの心子知らず :03/07/29 01:09 ID:lYd6zUsq
私自身、たっぷり愛情を注いで貰ったと思う。
でも、母親が理想に近い人だったので、
自分が同じように出来なくて苦しい。

父親もマイホームパパだった。だから、夫が仕事人間なので、
そのギャップにイライラ。

季節ごとに、家族でお出かけした。春は花見、夏は海、秋は、紅葉狩り、
冬は、そり遊び。そうそう、七夕は、でっかい笹を父が用意してくれて、
それに、母と一緒にたくさん飾りをつくって飾った。
秋は、夜に外で月見もしたなぁ。お団子たくさんつくってくれて、友達も
呼んで、みんなでお月見会。

でも、夫は、いつも家でゴロゴロ。
家族での思い出なんて、まるでないに等しい。いつもパパ抜き。

男見る目も、母に教わりたかったなぁ。


46 :名無しの心子知らず :03/11/26 18:42 ID:idKgb9P0
愛情たっぷりに育てられたという自覚はあったけど、自分が出産した時に
「よかったね、あなたのお母さんみたいに愛情たっぷりに育ててね。」って大勢の友達に
祝福されて母も自分も嬉しかった。
母は私達子供におしみなく言葉をかけてくれていたと思う。
いつでも「○○は大丈夫だよ」どんなときでも「お母さんは○○を信じてるよ」
成長して親より偉そうになって「はいはいはいわかったわかった」なんて思ってた
自分が恥ずかしい。


52 :名無しの心子知らず :03/11/28 03:41 ID:MLvJ5vZX
手をかける=愛情をかけるとは違うよね。
私が小さい頃は母は忙しくて、一緒に遊んだりとか本を読んでもらったりとか
一緒に出かけたりとかしなかったけど、とにかく喋った。
皿洗いながらとか洗濯しながらとか、喋りまくり。
おしゃべりしてる時、「ああ、愛されてるな」とほのぼのしたものです。

今でも実家に行くと、ずっと喋ってます。
父とも母とも兄弟とも会話が多くていい関係。
自分の子どもとも会話を大事にしたいなーと思ってます。

自分の思い通りの人生歩めてるかというと、そうかも?てとこ。
幸せすぎて怖いくらいだ。


68 :ななしちゃん :03/12/02 22:52 ID:COOQ19hY
私の友達に、すごく明るくて年上の人に可愛がられるタイプの人がいて
話を聞いたら一人っ子で、とても愛情たっぷりに育てられたんだって。
「もう歳だよね〜、高校生ぐらいに戻って人生やり直したい」なんて
おしゃべりしてたら、彼女は、そんなふうに考えたことない、自分が大好き、
生まれ変わったらまた自分になりたいと言い切っていて驚きと共に
うらやましくなってしまった。
私は何をしてても自身がなくて、いつも後悔したり無いものねだりしたり…。
彼女のそんな屈託のない自信ってどこから湧いてくるんだろう?と
思うと、やはり無償の愛情かなと思う。
自分の子供は彼女のように育って欲しいと思ってしまった。


70 :名無しの心子知らず :03/12/03 00:47 ID:11qEaW9K
うちも母子家庭だった。
共同トイレのアパートに住んでたぐらいの激貧ぶり。

その当時は、父親がいなくてイヤだな〜と思ったり
授業参観に来てくれなくて寂しいな〜なんて思ってたけど
今思い返すと、その思い出を全然ひきずってない。

むしろ、母親がいつも作ってくれるクレープとか
一緒にお風呂で水鉄砲で遊んだり、母親が適当に作った物語を聞いたり
添い寝や、絵を描いた時に「上手ね」と抱っこして頬にチューされた事
失恋して一緒に号泣した事…、とにかく良い思い出ばかり浮かんでくる。

ケンカもしたし、反抗期もあった。
でも、やっぱり母親はスゴイ人だと尊敬してる。
苦労した分、世界の誰よりも幸せになって欲しい。いつも願ってる。

某車のCMの『物より思い出』って言葉。本当にそうだと実感。


75 :名無しの心子知らず :03/12/03 14:38 ID:A6r7cM7H
私も親からのとても深い愛情を感じています。
父親は出張が多く、幼児期からほとんど家に居ない状態でしたが
日曜には必ず、晴れたら動物園、雨なら科学館(プラネタリウム)という風に出かけてました。

母親は仕事をしており、保育園の送り迎え、行事などは祖母に面倒をみてもらってましたが
不思議と「母がいなくてさみしい」という記憶はありません。
母も祖母も(←親子です)人当たりがよく、おしゃべりです。
父も営業職なのでよくしゃべり、いつも「大事な姫だから」と言われていました。
私は子供の頃から父は苦手でしたが、愛情をかけられている自覚はありました。
その分ワガママ&世間知らずにはなったかもw

母と祖母はほとんど家に居ない父の悪口だけは絶対に言わないでおこう、と約束していたそうです。
苦手だけど嫌いじゃない父。母と祖母のおかげかなぁ。

今の私は誰とでも気軽におしゃべりできるし、外面wはかなり完璧かなw
子供の頃はおばぁちゃんしか見ていなかったので
自分が中年になった時が想像できなかったけど、子供がいる今は目標が見えました。

母親のような明るい元気な、何でも楽しめるおばさんになって
最終的に祖母のようなご近所皆が顔見知り。誰にでも好かれるようなおばぁちゃんになるのが
私の夢です。


89 :名無しの心子知らず :03/12/04 13:12 ID:YiB0xi4z
金は無かったが両親は色々工夫して作ってくれた。
父はDIY大好きで棚や椅子、鳥かご、犬小屋などなど(車庫も作ってた)
母はオーブンレンジも無いのにケーキやクッキーを作ってくれた。
兄も私も自分から何かがほしい、と言う子供ではなかった。
愛情いっぱい過ぎて物欲が無くなってしまったのだろうか・・・。


91 :名無しの心子知らず :03/12/04 14:10 ID:7GVF071N
物で愛を埋めちゃダメだよね


94 :名無しの心子知らず :03/12/08 01:48 ID:FYravSJQ
長レスになります。すいません。
私の家庭環境は
父親→私が中学2年のときに女をつくって出て行った。が、
その女にお金だけ騙し取られて借金まで背負わされ、挙句の果てに
病気で倒れて面倒見る人がいないからってまた家に戻ってきた。

そんなダメ夫に文句言いながらもずっと見放さずにいて
今は一緒に暮らしている母親。
母親自身も父親がいない間の苦労がたたったのか腎臓が
悪くなり透析中。



95 :94:03/12/08 01:48 ID:FYravSJQ
続き

この母親にものすごく愛情をもらった。
母子家庭になったとたんにかなり貧乏になってしまって
「今日の晩ゴハンのおかずはなしね」
みたいな日もあったけど、不思議とあんまり辛くなかった。
おかずがなくても母親と会話しながらの晩御飯は楽しい思い出しかない。
4さんみたいな感じでよく山菜取りも行ったなぁ。
そこで野犬に追いかけられて2人でダッシュで逃げた思い出もあるし。
勉強しろだとかは言われた事がないけど
行儀作法と世の中の常識には厳しかった。
あと、何か手伝ったり頑張ったりするとすごくほめてくれた。
上手く表現できないのがくやしいけど、貧乏でもしんどくなかったのは
常に明るくて面白くて物知りな母親のおかげだと思う。
辛い事があっても深刻な顔やグチ、ましては泣き顔見たことがない。
今思えば子供にそういう面を見せないように気を遣ってたんだろうな。

今でも仲が良くて一緒に買い物に出かけたり、ゴハンを食べたり
するんだけど、ホント母親と一緒にいるとホっとする。
電話でちょっと話をしただけでもホッコリした気分になれるし。
マザコンって訳じゃないけど、母のことが大好き。

透析してたらそうそう長生きできないみたいで、
口癖は「○○(私の息子・7ヶ月)が小学校へあがるまでは生きていたいなぁ」
なんだよね・・・。
ホントに長生きしてほしいよ、ママン


103 :名無しの心子知らず :03/12/08 11:04 ID:gLvzFPhb
愛されて育ったかどうかは、後にならないと判らないような気もする。
自分に子供が産まれてから、親が死んでから…
親の愛って、あんまり当たり前にそこにあるから、気づきにくいのかもね。


107 :名無しの心子知らず :03/12/08 18:51 ID:cK7Zs5pK
「この親を泣かせちゃイケナイな・・」と思えば子供は馬鹿なことはしないって
テレビで言ってる人がいて本当にそうだな〜と思った。
私も裕福でもなく、共働きで忙しい両親だったけど、どうしてだろう「大事にされてる」
って思ってた。だから色々誘惑もあったけど、何とか一線を越すことなく今では平凡な主婦になって
まあまあ幸せ・・かな。
私が死ぬとき、最後に子供が「お母さんありがとう。お母さんの子供でよかったよ」って言ってくれれば
全てが報われるね。きっと。
ああ・・・母が生きてるうちに言ってあげればいいのか。w
思ってるけど照れくさくて言えないなぁ・・。メールでもしてみるかなぁ・・。


114 :名無しの心子知らず :03/12/09 19:41 ID:tjIR0lqb
今まで、ワガママで子供っぽい母親に困らされたけど
妊娠して、出産して、そんな気持ち吹っ飛んだ。

だって、本当に子育てって大変だもの。
こんなに大変で、完璧な人間でいろってのが無理な話。
むしろ、「こんなに大変なのに、諦めずに頑張って育ててくれてアリガトウ」だった。

バカでだらしなく、親不孝な事も沢山したけど
一度だって見捨てず、子供が出来た時も泣きながら
「こんな可愛い子孫を見せてくれて、本当にありがとう」と言ってくれた母に
いつか本当の親孝行をしたいと思う。


123 :名無しの心子知らず :03/12/24 20:29 ID:fdP55i8d
親の愛情って当たり前のようにあったから、その
有り難味に気づかなかった。
親になって始めて、母が自分にしてくれたいろんな事が
すごく苦労を伴っていたことを知ったよ。
今までいっぱい迷惑かけてごめんなさい。
私は本当に甘ったれで弱虫でわがままで親に悪態ついてたよ。

母親が私にしてくれたこと、全部そのまま自分の娘に
してあげたい。未熟な私だけど、努力します。

生きてるうちに、いっぱい親孝行もしたい。
死んじゃってから後悔したって遅いもんね。

ほんとにほんとにありがとう。


136 :名無しの心子知らず :04/01/15 16:04 ID:KKtrwGaU
(長文スマソ)
両親(&祖父母)の愛情を溢れんばかりに受けて育ったと思います。
でも、人としてのルールやしつけには本当に厳しい古風な家庭でした。
誰にでもきちんと挨拶をすることや、食事の仕方、誰にでも優しくあることetc・・・
幼稚園に入る前からきっちり教えられました。
悪いことをするとものすごく叱られたし「どうしていけないか」ということをコンコンと
説いて聞かされました。
怒られるのは怖かったけど、幼いながらもイイコトと悪いコトの区別をそうやって
分かっていった気がします。

父は仕事がとても忙しく帰りも遅い人だったのですが、帰ってくると真っ先に寝顔を
見にきてくれました。父が帰ってくるのを布団の中でコッソリ待ってたこともあったなぁ。
怒るととても怖いけれど、たまの休みは片時も離れずに一緒に遊んでくれました。
母はお料理が得意で優しくて、子供の頃から私の憧れ。
母は専業主婦だったので、昼間は絵本を読んだり歌をうたったり字の練習をしたりして
過ごしました。

大人になるまで、両親は私にとって最大の理解者で、辛いこと悲しいこと
嬉しいこと楽しいこと、全てを共に分かち合ってくれた。
「私には世界一強い味方がいる」って心に信じられることが私の何よりの支えでした。
結婚するときに父から贈られたお祝いの言葉は一生の宝物。
実家から離れた今も両親が大好きだし、感謝の気持ちで一杯です。
私が両親にして貰ったように自分の子供にも愛情を一杯注いで育てたいと思います。


149 :名無しの心子知らず :04/01/17 04:16 ID:nyF+VYtK
146
同感。
家もひとり親家庭でした。
父の会社が倒産し父は失踪。家は売却・・・当時私は4歳
5人の子供を女手一つで頑張って育ててくれました。
同級生には「お父さん居なくって可哀相」っと何度と無く
言われましたが「お母さんが居るから平気だよ」とか
「別に」っと答えてました。本当にそう思っていました。
辛い事や悲しい事苛々している事も有ったでしょうが
何時も優しく明るく厳しい母でした。
小さいうちから他人と自分は違うのだから同じ物を必要以上に
欲しがったり、妬んだりはするよな事は殆どした記憶が有りません・・・
ハングリー精神に欠けるとは思うものの、妬みや恨みにとらわれる様な
悲しい生き方をしなくって済んだのは、何よりも母のお陰だと思います。

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みんなイイハナシだなぁもう…。・゚・(ノД`)・゚・。


posted by ひめたろう at 09:51 | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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